9月も20日を過ぎれば、気持ちは抽象化され記号になるよ。


Lou Reed『September Song』(1885)


John Scofieldばかり聴いている。セミアコの、微妙なスライド感から弾き出されるふくよな音の粒の連なり。聴き始めたら止まらない。

Image


中学生の頃の仲間たちと夢の中で遭遇。当時好きだった女性と話をしようとするが、思うように会話ができない。旦那らしき姿も見えるが、彼も当時の仲間。風化した記憶と、仄暗い路地の蛍光灯。


雨上がりの中野通りを北へ、哲学堂公園方面に向かって歩いている。緩い角度の光、ひんやりとした空気、秋の気配。


僕にまとわり付いて離れようとしない抽象的な哀しみ。それはエゴイズムと自惚れがこびりついた暗礁、永遠に蝶番が外された蒙昧の罠。しかし奇妙なことに、それは僕の創造の動機でもあった。九頭蛇や牛頭人身獣だらけの混沌とした肺病病みな世界にあって、僕を着実に脈打たせる懐疑と絶望のメカニクスを司っているのだ。

そういえばさっき風が物憂い調子で流れ去った時、僕は御し難い不安を覚え、慌てて光の方角を確認しようとした。そして不意に思った、希望と苦悩は両立し得ないのではないかと。どんなに苦悩しても希望の方が一回り大きく存在し、その関係は常に不変なのではないかと。

これを聴きながら。

Image
Fllica『Windvane & Window』(2008)


Sound Engineer氏とレコーディング日程調整。 11月スタート、いつも通りBass&Drumsトラックから。


在宅勤務。山積した課題を順次。気が付けば薄闇迫る山手通りをラン。もう夏も終わりかな。


果てしなく拡がる光の波、はためく音階と星の息づく言葉たち。

…水晶域の想い、心がどんより重い時のおまじない。


岡山県、鳥取県、兵庫県県境付近、山間のコテージにいる。静寂、時折動物の鳴き声。副交感神経最高潮。

Image


夕方、代々木でeelleリハ。新曲のアレンジもまとまってきたので秋からレコーディング、開始できそうだ。

終了後、新宿三丁目、Base Bar。ゲン、ギタリスト・F氏と共に音楽話三昧。