都市の雨、雨の都市。赤い光の滲む、黒い蝙蝠傘の群。言葉の飛翔、飛行、非行。

ダーマトグラフの巻き紙を剥がすとダークブルー。硝子窓に「否」と記して様子を見ている。

ぼんやりと、流れる時間を許してやる。

言葉と無限の倍音と。δ誌到着。

帰りの新幹線。品川で降りるつもりが東京駅まで寝過ごしてしまう。大した問題じゃないけど、その事実に軽いショックを受ける。

言語芸術家・カトウジン氏が某所で僕の古いテキストを紹介してくれているので以下転載。 当人はすっかり忘れてました。

***

13年前、北京発モスクワ行の国際列車車中で実際に体験したこと。
北京を出発してから48時間、モンゴル国境を越えたイルクーツク駅で僕は腕時計をソビエト公式時間に合わせようと、ノートに文字盤がその時指し示していた10時45分ではなく08時45分に国境を越えた由書き記す。そしてノボシビルスク駅には翌々日の午前05時30分(標準時間帯に合わせて遅らせた僕の腕時計によれば)に到着した。しかし国境を、そして州を越える度に料理人が入れ替わる食堂車の時計は03時30分を指し示し、更にその時同席していたロシア人は「今の時刻は午後02時30分」だと言う。僕はもう何が何だかわからなくなって気が狂いそうになる。

注記>>>

冬のロシアは朝8時頃にほんのり明るくなって、午後3時にはもう真っ暗。更に予定より12時間遅れでモスクワ到着、という超いい加減なダイヤグラム。(2004/05/18)

誕生日。しかし出生年月日の自認が年々曖昧になっている。いや、時計やカレンダーはヒトの創造性阻害要因である。

最近、朝な夕なに聴いているデンマーク人ベーシスト、Chris Minh Doky氏のアルバム2選。jazzrock。好きです。


『THE BOARD TAPES』

『Scenes From A Dream』

感じ方、考え方がシャープじゃない、何となく。3kgくらいダイエットすれば改善されるかなぁ。

遅い午後、新宿の信濃屋でBassを購入し、飲みながら北へ向かって歩いている。陽光が陰を描き、その質感が時間に変化を促している。

夜、新幹線で帰京。親父は今のところ大丈夫そうだった。

早朝、特急「しおかぜ」に乗って四国中央市。午後からは本社に戻ってディスカッション、夕方、特急「いなば」で実家へ向かう。道中、日没山中で豪雨に見舞われスリル満点。

午後遅く、品川から新幹線に乗り込み西へ。車中で資料作成、日が暮れて現地入り。しかし暑い一日だったな、何はともあれビールを。

人生が終末に近づいているせいか、時の速度が何時に無く増しているような気がしてならない。否、時が止まってしまったのかもしれないな。しかし思考の範囲が断片的、しかもどんどん忘れてしまうので、真偽は何時になっても定かにならないことが前提。

でね、今日も虚妄なのよ。

朝、京王線のダイヤが乱れ、新宿駅のプラットホームに人が溢れかえっている。いや、俺の立脚点と注視点が乱れているだけなのかもしれない。

激しい不安に苛まれるが、何とかごまかして一日をやり過ごす。いや、今日一日は俺を置いて先に行ってしまったのだ。

Dorian Scaleは何故オシャレな雰囲気を醸し出すのか。それを言葉で代替できないのは何故か。我々の感覚は音程で解決できるほどのLevelなのか。