詩人・菊池肇さんが亡くなった。思いはとめどないけれど、菊池さんから頂いた評論のうち直近のものを転載しておく。

『セカイ・カラー』

 ヨシダダイスケ率いるeelはユニット名をeelleと改め、CDとネット配信によって新作をリリース、新たな一歩を踏み出した.
 前作同等、CDにジャケットや歌詞カードは付いておらず、インターネット上でも文字表記による歌詞は公表していないようだ. 確かに、こうして聴覚だけに訴える方法こそが音楽表現の本来在るべき姿なのかもしれない. 一方、音声だけでは判別しづらい不明瞭な部分を歌詞カードで補う、という発想もあながち間違いとは言えないだろう. 要するに、今回のように純粋に音楽だけを世に問い、聴き手に判断を委ねるという選択は、作品がどのように受け取られ、どう解釈されようが構わないという、表現者としての気概を示しているのかもしれない。
 新曲『セカイ・カラー』には、ピカソの”青の時代”にも通じるような、透明感のある色調と繊細な陰影が交錯する光景(或いは心象風景)が描かれている. eelleはこの作品で改めて自らの場所へと立ち返り、改めて自己の内面と向き合い、よりシンプルな彩色と階調で、気負うこと無く自身が描くべき世界を構築しているのだろう. 時の流れを象徴するように刻々と刻まれるピアノのIntroとOutroにも、そんな姿勢と決意が感じられる1曲である.

(菊池)

詩誌δ『NUMERO 57 octobre 2020』より引用

『あさなぎソング』

 2021年1月、eelleの新作『あさなぎソング』が『セカイ・カラー』(δ57号44頁『Sekai Color』参照)とのカップリングCDとして発表された.
 今回の新譜の顕著な特色は、ファンク調の軽やかなリズムとフィリー・ソウルを思わせる柔軟で滑らかなアレンジだろう. だが、そんな軽快な心地よさとは裏腹に、後半のピアノ・ソロと終盤のギターが現実の歪みや亀裂への違和感を吐露するように異質なフレーズを展開しているのも目立って印象的だ. 歌詞からも日常と非日常との狭間で揺らめく心情が窺えるのだが、そこにはタイトルの『あさなぎ』が示すように、諦観から達観へと至ったような、どこか穏やかな心境も垣間見える. それは不穏な未来を見据えつつ、時の流れの危うさをごく自然に受け止めようという、作者ヨシダダイスケの秘かな覚悟の表れなのかもしれない.
 カトウジンによる写真作品を用いたジャケット・デザインも、楽曲の奥行きのある透明感とよく馴染んでいて秀逸である. また、このジャケットに記載された歌詞を丹念に注視すると、今回収録された2曲は同一の世界観で描かれているのがよく分かる.
eelleが確固たる表現力でユニイクに進化していく様を、筆者はいつも興味深く思っている. 彼らが切り拓いていく未知なる領域、”あさなぎ”の水平線の先にある新たな可能性に今後も注目していきたい.

(菊池)

詩誌δ『NUMERO 59 jullet 2021』より引用