Power Book G4、なんとか延命に成功。OSX(10.4)のオプション「アーカイブしてからインストール」でシステムのみを書き換えたら起動するようになった。

この方法を教えてくれたのは秋葉原・ビットシステムサービスのロン毛のおじさん。内部パーツに問題あるとなれば、既に生産打ち切りなので死亡を認めるしかないのだが、ハードディスクは正常に動いているようだし試してみてはどうか、と。

しかし僕はG5専用の10.4しか持っていない。最新の10.5を購入してPBG4にインストールしてもCPUのパワー不足でまともに動かないような気がするし、それ以前に僕が使っているアプリの殆どが10.5に対応していない。で、試しにターゲットディスクモードで起動してG5側からインストールしてみたら、これが上手くいったのだった。

ちなみに、不具合はOSX「ソフトウエア・アップデート」後の再起動時に発生。先述のおじさんによると、よくあるトラブルらしい。アップデート後はシステムのアクセス権がめちゃくちゃにされてしまうことが多いらしく、直後にディスクユーティリティーで「アクセス権の修復」を実行すべし、と。しかし再起動さえできなくなってしまったのだから、対処のしようがないな。っつうか、Appleひどいな、昔はもっとひどかったけど。

以下、システム入れ替えまでに試してみたこと。

・PRAMクリア→起動せず
・PMUリセット→起動せず
・セーフブート→起動せず
・シングルユーザーモードで起動してfsck実行→問題無し
・ターゲットディスクモードで起動してG5からディスク検証→問題なし

2009-02-28


(更新不能)

2009-02-27


(更新不能)

2009-02-26


(更新不能)

2009-02-25


Power Bookが起動しなくなってしまった。あれこれ手を尽くしたんだけれど…。ということで、暫く更新不能。

2009-02-24


この間、各所から出産祝いを頂いた。特に職場からのお祝いは、出産・育児が事業の一部となっている、しかもママ(新米〜熟練まで)が多い、ということもあってか実用的なものばかりでとても有り難い。

お宮参りの段取りをしようと、雑司ヶ谷の鬼子母神に電話。「あのぅ、祝詞をあげていただけますか?」「うちはお経になるんですけど…」そうだった、ここはインドの神様だった。あ〜恥ずかし、慣れないことはするもんじゃないな。

2009-02-23


午後、八重洲口のギャラリーへ。すみちゃんの作品を鑑賞。その深いブルーを見つめていたら、可視光線の束が見え始める。

あとはひたすら子守、家事。娘が寝入った隙にLesPaulジャカジャカ。

2009-02-22


Lou Reed、2006年のライブDVD『BERLIN』を購入。あまりの素晴らしさに、悶絶。

Fender Telecaster "Bowling Ball"(1983製)を探しているが、未だ見つからず。情報求む。

Telecaster

2009-02-21


(休憩)

2009-02-20


(休憩)

2009-02-19


Base BarのT氏と共にゲン宅にて味噌の仕込み作業。先ずは米糀(6kg)と塩(3kg)を混ぜ合わせる(塩切り、というらしい)。その後ひたすら茹でた大豆(6kg)をグーで潰す(ゲン氏の方針でミキサーなど使わないことに)。それらを丁寧に混ぜ合わせ、めいめいタッパーやら甕やらに詰め込んで作業完了。約半年間発酵させ、夏頃には食べ頃を迎えそう。

2009-02-18


(休憩)

2009-02-17


夜な夜な泣きわめいていた娘であるが、昼夜の区別が多少つきはじめた様子。お陰で昨夜はある程度まとまった睡眠を取ることができた。

味噌仕込み用のタッパーウェア(10リットル)を検索。しかし店頭には置いてない模様。「日本タッパーウェア」に問い合わせたところ「指定ディストリビューター・ ○○れい子(中野在住の主婦)」を訪ねてみなさい、という。で、山手通り〜青梅街道〜中野通りを自転車かっ飛ばして指定のマンションへ。扉を開けるとご婦人方が料理教室中、どうやらタッパーの使い方を実演しながら個人で販売しているらしい。「まぁ、上がって一緒にいかがですか」と執拗に勧められたものの、目的の商品だけ手に入れてその場を立ち去った。

2009-02-16


子守の合間を縫って、Base Bar。いよいよ間近に迫った「味噌の仕込み@カトウゲン宅」について打ち合わせ。

2009-02-15


深夜、娘に何度も起こされ、寝不足。おまけに微熱が続いており、終日寝たり起きたり。

2009-02-14


夜、以前勤めていた会社の送別会に出席するため、渋谷へ。会場は100人以上いただろうか、社員、スタッフばかりでなく、有名ミュージシャンの姿も。凄腕編集長として業界に知られていた人だけに、さすがである。で、久し振りの面々とじっくり話をしたかったのだが、体調が悪いのと家では妻も熱を出してふらふら状態であることから、早々と会場を後にする。

2009-02-13


区役所にいって出生届けを出したり健康保険関係の手続きをしたり。散々待たされて、はぁ参った。

深夜、急激に体調悪化。頭痛と嘔吐感に苛まれる。風邪かなぁ…。

2009-02-12


終日、娘の世話に追われる。24時間監視してなきゃならない状況で、他には何もできず。

2009-02-11


朝、退院手続きのため札束握りしめて産院へ。一時金が支給されるとはいえ、出産費用は高額。

あとはひたすら働いて、帰宅したのは23時前。我が家に戻ってきた娘は、相変わらず泣きじゃくってばかりいる。

2009-02-10


区役所に電子申請しようとしたところ、Mac未対応だとさ。仕方なくVISTA起動して手続きを済ませたものの、憤りは収まらず。公的機関がこんなんじゃ全然ダメじゃん。

2009-02-09


慌しい一週間だった、仕事もプライベートも。こんなにタイヘンな状況は、これからの人生二度と無いんじゃないか。

プライベート・スタジオを建立したい。これから都内で適当な地下室を探そうと思っている。早稲田大学の第二学生会館下にあった今は亡き「稲不二」とか、あんな感じをイメージ。金は無いけれど。

2009-02-08


午後、産院へ。娘は随分人間らしい体裁になってきた。しかしまだまだおっぱいが上手く飲めないようで、その都度自暴自棄に陥っては泣きじゃくり…の繰り返し。

2009-02-07


早めに出社して、滞っていた仕事を片付ける。メールが150件も届いていた、はぁ。

夜、久し振りにBase Bar。出産祝いに、と出された冷凍テキーラを飲み干して、モルト飲んで…。やがて猛烈な疲労感、早めに退散。

2009-02-06


午前中一杯病院で母子の様子を見ていたが、大丈夫そうなので帰宅する。夕方、再びPAGE2009の会場へ、JAGATの懇親会に出席。殆ど寝てないせいか、ビール飲んだだけでくらくらになってしまった。

2009-02-05


早朝、前駆陣痛に苦しむ妻と共に産院へ。入院手続きを済ませ、早速検査など。昼前に一旦産院を後にして池袋サンシャインコンベンションセンターへ、PAGE2009にて講演&ディスカッション。15時に終演、タクシーに飛び乗り再び産院へ。どうやらなかなか本格的な陣痛へと移行しないらしい。不定期な痛みに苦しむ妻の背中をさすりつつ、21時頃、ようやく陣痛室へ移動。一晩中、赤ちゃんの心電図やお腹の張り具合のデータを見ながら助産師さんと共に背中や腰をさすり続ける。そして早朝、へろへろになって陣痛室を出ると奇遇にもM君夫妻の姿。M君の奥さんも陣痛が始まったらしい。お互い心情を慮りつつ再び陣痛室、医師の判断で陣痛促進剤を使うことに。08:00、点滴開始。間もなく分娩室へ移動、08:36、無事女の子誕生。母子共に健やかなり。

2009-02-04


へとへとになって帰宅すると、リビングで妻が倒れ込んでいる。どうやら陣痛が始まった模様。様子を見ていると、ほぼ決まった間隔(25分)で痛みに襲われている。で、その間隙を縫っていつも通り晩酌、しかしこれは本物であるような気がしてきて、今夜は早めに休むことにする。ひょっとしたら、夜明け前に産院へ向かうことになるかもしれない。

明日は午後から池袋サンシャインで開催される「PAGE2009」にて講演予定。出産と重ならなければ良いのだが…

2009-02-03


夜中、妻は陣痛らしき痛みに苦しんだ模様。で、朝起きて会社には行かず、その後いらっしゃった彼女の母上と共に暫く様子を見るものの、午前中には収束してしまった。

午後、僕は会社へ、妻は母上と共に産院の検診へ。結果、明後日から入院し、陣痛促進剤を使って木曜日に出産、というシナリオが医師から提示されたという。

2009-02-02


日が暮れて、陣痛の予兆みたいな状態が断片的に現れる。しかしまとまりを感じる程ではないので、今夜は眠ることにする。

ETV特集『辺見庸〜しのびよる破局のなかで』を観た。作家、詩人としてカミュの『ペスト』を引合いに出しながら、経済最優先のこの世界に対して静かに、しかし執拗に警鐘を乱打する。激しく凶鳴。

2009-02-01




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